So-net無料ブログ作成
西日本豪雨災害 ブログトップ

旬の国産の果物を食べる [西日本豪雨災害]

暑くなってきましたね。

我が子はりんごが好きですが、こないだりんごを探しに行ったら置いていなかったので、別の果物を買いました。

後別のところにりんごが置いてあったので購入したのですが、やはり時期外れもあり、秋から冬にかけてのキリッとした食感や内側に蜜がなく少し残念でした。

外皮の周辺部に糖分が出ていってしまっているのか、少しぼやけた食感になってしまっていました。

時期外れでも食べたい、というニーズに応え、果物などは年中販売されているものもあります。

我が家では、パイナップルとバナナ(フィリピン産)を常備フルーツにしていたのですが、少しずつ旬に応じて食べるものを変えていこうかと考えています。


より味を追求するなら、シーズンごとで入手先の栽培地を変えていったりするところもあるようです。


夏はめっぽうパック入りのカットスイカだったのですが、初めて、鳥取産の櫛形切りのスイカをそのまま買ってみました。

甘くておいしい。

鳥取は砂丘で有名ですし、震災被害があった熊本もスイカがよく販売されていますが、たくさんの土砂を利用したスイカの栽培が今度は広島県でも流行りだすかもしれませんね。

あえて、時期外れのものは全く置かず旬のものを取り揃えるのも、供給量に応じているので、安く売り出すことができます。

この間は、価格の安いアメリカンチェリーを買おうかどうしようか悩んでいたのですが、若干価格の高い山形産のさくらんぼを購入しました。

アメリカンチェリーの甘さになれているのですが、久しぶりに国産のさくらんぼを食べると上品な甘酸っぱさが在りました。

ショートケーキに使ったらおいしいんだろうなぁ。と思いつつも、そのまま食べちゃいました。


尾道は今まだ断水中ですが、尾道産のぶどうを食べながらニュースを見ていると複雑な気持ちになるものです。

まだ封を開けてはいませんが尾道産の桃も冷蔵庫の中で冷えて今か今かと出番を待っています。

尾道市はフルーツの町です。
レモンにはっさくやみかんのイメージが強いですが、ぶどうや桃、いちじくなども栽培されています。

入荷は一定量入荷され、店頭に並ぶ地点ですでに農家さんにはお金が入っているのは承知の上です。
広島県内でも安芸高田市や三次市などさまざまなフルーツの栽培地があるのですが、こんな時なので災害の影響の大きかった地域のものをどこに行ったかわからない寄付に回すよりかは、はっきりと目に見えて分かる形にしたいと思いました。
お互いにメリットが有るWin-winの関係性で、地産地消し、日常生活が目まぐるしく回ることで早い回復を促すのではないかと思います。

なるべくリアルタイムの消費をして、仕事をした上で生活費に帰ってくるようなイメージです。
仕事の頑張りとして返ってきているなら、変に劣等感を抱くこともありません。

この災害がたとえ国と国の戦争、もしくは国内の見えないテロだとしても、寄付金依存に慣れてしまって地方の力や個の力を低下させないことで、あるべき日常が早く帰ってくるのではないでしょうか。
nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:育児

千羽鶴は今すぐ必要か? [西日本豪雨災害]

被災地に届く千羽鶴。
要らないものの1つとしてリストアップされているのは何故でしょうか。

千羽鶴は元々広島の原爆で被害に遭われた佐々木禎子さんが折られていたものです。

病気からはやく治りたい。という思いから一心に折りつづけたものです。
千羽に達することができなかったため、その思いを次世代の人が担い達成させるというものです。

広島に修学旅行に行く時に原爆ドームを訪れた人は折り鶴を持っていくのが定石でした。
しかし、現在では折り鶴の保管先に困っておられたり、放火されたりする事件が起こったことがあります。

広島の原爆ドーム付近に新しく折り鶴タワーができましたが、折り鶴の彩りの美しさを生かす保管先としては良いものだと思います。

では、本題に入りましょう。
私も小学生の時、母が長期入院した時に、いつ戻ってくるか分からず、「早く治ってほしい」「早く元気な姿で一刻も早く会いたい」と思い、千羽鶴を折った事があります。

一人でたくさん折ったのですが、折っている時は母がいない寂しさを紛らわすことができ、ある程度の数になると達成感のようなものもでてきました。

オバマ元大統領が広島に来日した時に2羽の折り鶴を届けてくれましたが、この事により折り鶴はより平和の象徴という位置づけがされたような気がします。

もともと入院していて、他に何もすることがなかった、気を紛らわせるために折られた折り鶴。

送り手の立場としては、他に為す術もないけれど、思いを届けたいという感情から自然発生的に生じたものでしょう。

伝書鳩と同じような役割を担っています。

ただ、現代では、受け取り手の方は、災害から立ち上がる能力をある程度身に着けており、【他に何もすることがない】という状況はほとんど生み出されないのです。

遊んでいる子どもたちに折り鶴を開いて、内側に今の感情を書いて送り手の元に送り返すという文通のような事をすれば、状況を把握することも可能でしょうがその時間と余裕があるかどうかです。
配給とともに一人一羽ずつ配って、中に誰にも吐き出せない思いを書いて、また次の配給の時に回収するという流れが組めるかどうかです。

せっかくのつながりなので住所や名前を書いて、落ち着いた時に被災地に来てくださいと言えるかどうか。
人と話すのが苦手な人は、匿名でただ思いをぶつけ書くことで、詳しい状況を知らない人に話を聞いてもらうことで、気持ちの負担が和らぐ場合もあります。

もらった折り鶴をどのように使うかで、心の余裕が明白になります。
たぶん落ち着いてきたら・・・、となるのでしょうが、不要とされるものの扱いによって、お互いの損失を最小限に済ませることができるようになるのでしょう。

客観的に物事を言ってはいますが、実際に災害直後だと子どもの大人も一人でも労働力として動かなければならない状況下でしょう。

どれだけ励ましたい気持ちがあっても受け取り手に余裕がなければ逆に「あと少しの命だね」と宣告されているように感じる場合もあります。

折り鶴を折るなら、落ち着いた時に被災地に訪問することが何よりもその土地の経済の復活に役立ちます。

社会見学や修学旅行先を一定の土地に縛られず、その年に起こった被災地を訪問したりするようにするとか。

被災地に折り鶴を飾っておく余裕が無いというお気持ちだと考えられる場合には、時には「何もしない」という選択肢も出てくるかもしれません。

送り届けるという行為そのものは悪くはなくて、ものにあふれる時代、物流もルートや手段さえ選べば簡単に復活する時代であるので、ものの選び方の問題だけなのです。

自己完結したものを送るのではなく、相手の意見を反映させる余地のあるものを選ぶことで、はじめてコミュニケーションが成立するのです。

例えば被災者の暇つぶしや心の休息用に千羽鶴を解く手間を抜いた折り紙をそのまま送るか、人命救助や片付けに役立つ救命用ボートやスコップ、タオルや土のう袋にメッセージを書いて送るとか相手の気持ちに立って行動する事が必要になってきます。

メッセージも、使用していれば消えていく水性ペンを使えば、災害の傷跡が癒えていく課程が目に見えて分かる目安となります。

情報にはどうしてもタイムラグがあり、さらに必要な物資が足りた地点で、その情報が流ればいいのですが、若干の余分が生じることになります。

折り鶴以外の物資もそうですが、今回の災害に使うものでなくとも次回の災害用に保管しておく事ができるものであれば、邪魔者扱いもされることがないでしょう。

シーズンオフのものだって、使いようです。
毛布だって、使いようによっては、座ると痛い床のクッションにもなります。

使う人がそれだけの余裕と発想力が持てるかどうかと、必要になりうるものと考える人にちゃんと届いているかどうかです。

別に今使わなくとも、持って帰って、使えるならついでに貰っておこうという人もいれば、浸水によって毛布が汚れてしまい、買い替えたいけど微妙だなぁと思っている人も探せばいるかもしれません。

物資の一覧を各拠点でリアルタイムで共有していれば、こっちは必要ないけれど、あっちに必要な人がいるから持っていくということもできるかもしれません。

チェーン店のやり方ですよね。

ただ、ものを選べる時代、物資はあまり必要ではないと考える人も増えてきたのかもしれませんね。



nice!(4)  コメント(0) 
共通テーマ:育児
西日本豪雨災害 ブログトップ
当ブログのメールでのお問い合わせは こちらから